きみとふたりで

2/2
前へ
/2ページ
次へ
彼は、なんの為に歌っているのだろう。時折、そう思う事がある。命を捨てたかったあの時期に、捨ててはいけないと、捨てる事など出来ないと分かっていた彼が必死に見付けた「生きる事の意味」即ち、「音楽が好きだ」という気持ち。「音楽」に縋る事によって、語り継がれるミュージシャンたちが成し得た姿に自分もなりたい。と思ったから。人の心の中に何かを潜ませる歌い手になりたいという夢を見てるから。生きる希望なんだと信じて、命を繋げた。 世の中全ての事に肯定と否定があって。どちらも、あり。 だからこそ、人が人を傷付ける。 世の中全て肯定だらけ。否定だらけ。なんて有り得ない。そう頭では分かっていても、否定される立場になると、傷付き、怖くなる。全ての人が敵に、見える。 敷かれたレールから降りるなんて、真面目で繊細な彼には到底出来るわけでもなく。 「光一しか…信じられへんねん」と俯きながら言った彼の言葉に照れ臭さが邪魔して。俺以外にも、味方はたくさんいるんだと伝えたくて。ステージ裏でいつも苦しそうにする彼に何もしてあげれなかった。「この状態では…医師としてGoサインを出す事は出来ません」と、あの夜、言われたっけ。公演を中止にしてくれと頭を下げたにも関わらず、やれ払い戻しやら責任は誰がとるだの語卓を並べられ、本気で殺意を覚えたけど。「お前がおるから、そんなんいらん」と弱々しく紡ぐ癖に、眼だけは強かったっけ。あそこでもし…止まっていたら。今の俺たちはなかったかもしれない。失敗したって、何度でもやり直せるんだと分かってはいるつもりだけど。彼と過ごしてきた日々全てが、現在に繋がっているんだと思うから。あの時、前に進めたからこそ、やっとやりたい音楽が出来てるなら、俺は心の底から嬉しい。こちらの本音を言えば、あまり1人で活動されると、俺も1人で活動しなきゃだからアレなんだけど。まぁ、彼が幸せならそれでいっか。 いつもの冬が終わってしまった。お互いの旅が終わったら、またあの場所で当たり前を過ごそう。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加