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夕闇迫る酉の刻、吉永道場師範代であり、大村何某の次男・剣吾は町中を走り回っていた。
翌日に剣吾との祝言を控えた、道場総師範の娘・楓の帰りがこの日に限って遅かったからだ。
――私や楓にとって行き慣れた町の中、道に迷う筈はない。楓の身に何が起こったか。――
許婚に対する思いが剣吾を走らせた。
「師範代、大変でございます」
走る剣吾を呼び止めたのは、門下生の少年だった。
「どうした、周作」
周作と呼ばれた少年は、驚いた様な顔をして話を続けた。
「楓さんが何者かに連れ去られました」
「連れ去ったのはどの様な者か」
「顔は覚えておりませぬが、身なりの汚い浪人の様にございました」
「はて、身なりの汚い浪人とな……」
剣吾は即座にかつての兄弟子・杉内誠道の名が浮かんだが、口にするのを憚った。
「まさか……」
「師範代、何か心当たりが」
剣吾は語気粗く答えた。
「お前が関わってはならぬ者だ。で、どちらに向かった」
「川近くの廃寺のある方向に行った様です」
「では周作、師範に伝えてくれ。楓と共に戻る、と」
剣吾は廃寺に向かって再び走りだした。
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