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剣吾が廃寺に着く頃には日が暮れ、空には紅く血に染まった様な満月が浮かび上がり始めていた。
「楓殿、おらぬか」
剣吾の声は川のせせらぎだけの静寂を切り裂いた。
「楓ぇっ」
「吉永道場の娘の名を叫んでおるのは大村剣吾か」
楓の代わりに応え出たのは、薄汚い浪人であった。
「私の名前を知っているとは、貴様、本当に杉内誠道か」
兄弟子だった頃が嘘の如く変わり果てた誠道を目にした剣吾は愕然とした。
「いかにも。俺は杉内誠道、お前の兄弟子ぞ。何ゆえ驚く」
「……誠道、楓殿をさらったのは貴様か」
「そうだ、と答えたらどうなる」
「誠道、お前を倒す」
「ほう、私闘とは。吉永道場も堕ちたものだな」
空は雲一つ無い星空、しかし、闇が徐々に満月を飲み込んでいった。
夜空を見上げ、誠道は話を続けた。
「吉永道場も今宵の月の如く、お前の愚かな行動でお終いだ」
不敵な笑みを浮かべる誠道に、剣吾は一瞥した。
「誠道殿、これは貴殿に対する仕置き。私闘ではござらぬ」
「ならば俺を倒してみよ」
剣吾と誠道は互いに刀を構えた。
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