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…困った。
懐かれた。
…しかも、童。
初めてこいつに会ったのは土砂降りの夜だった。
「…?こんな土砂降りの日に何をしている」「お月様探してるの」「月だと?…こんな土砂降りの日に月なんて出てる訳ないだろ」「むぅ…」
その娘は、拗ねたように口を突き出すと、その場にしゃがみ込んだ。
「こんな所にいたら風邪引くぞ。…家に来い」「…うん」
…それが間違いだった。
「私決めた」
少女が突然言った。
「ん?」「私おじさんと一緒に暮らす」「…何?」「だっておじさん優しいもん」「そんな勝手に決められても困る!」
俺は慌てて反対したが、その娘は聞く耳を持たなかった。
…困った話になった。
かと言って、こんな小さな子供を放り出す訳にもいかない。
「…名は何という」
俺は、溜息混じりにその娘の名を聞いた。
「何だと思う?」「…」
俺は苛立ちを隠しつつ、悪戯っぽい笑みを浮かべ俺を見つめる娘を見返した。
その時、俺の頭に、ある名前が浮かんだ。
「…。沙耶」「…わ~、当たり。おじさん凄い!」
沙耶は、小さな手を叩いて喜んだ。
正直俺も驚いた。
「…(それにしても何処かで聞いた名だ)」
考え込んでいると、「…あれ誰?」「…?」
沙耶の指を追っていくと仏壇があった。
「…あぁ、俺のかみさんだ」「何て人なの?」「……」
俺は、言葉に詰まった。
実は、覚えていないのだ。
妻が生きてる時から死ぬまでの間の記憶が一切無くなっている。
辛うじて、顔は覚えているが…。
「…おじさん?」「…実はかみさんが死んでから、記憶を失ってしまったんだ。だから…名前は覚えてないんだ」「………。そうなんだ」
沙耶は、一瞬、悲しい顔をした。
しかし、すぐに笑顔に戻ると、
「早く思い出せるといいのにね」
と、俺に言った。
「…あぁ」
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