君に捧げるシューゲイザー

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「だって私……シューゲイザーが好きなんだもん……緻密で、優雅で、きれいで……」   「まあ」コーンポタージュの缶を開けながら返事をする。「返す言葉もないね」    でも、と鈴沢さんは言う。   「ちょっと、元気でた……かも」    マフラーに隠された小さな顔がこっちを向く。ハムスターみたいな目を不器用に細めている。クリーム色のマフラーと僅かに青白い肌の間から、白い吐息が漏れて、風に流れた。   「え?」笑った?    幻みたいな表情がふっと消えると、やっぱり彼女はそっぽを向いている。   「私でもなんか出来るんじゃないかな、みたいな」    そう言うと彼女は脇道に入っていって「ばいばい」と小さく手を振って歩き去った。        それ以来鈴沢さんは、学校に通い始めた。最初は周囲とも気まずそうだったし勉強の遅れから気後れもしていたようだった。  俺はときたまそんな彼女に話し掛けた。やっぱり彼女は嫌な顔を止めてはくれなかったし、会話に積極的でもなかったが、シューゲイザー以外のこと――勉強とか宿題とか、そういった学生らしい言葉――を話してくれるようになった。俺が彼女を呼ぶときに「さん」を付けなくなっていくのと平行するように、彼女は学校の空気に馴染んでいた。  彼女がすっかり馴染んでしまったら、俺はもう必要もないだろう、と思った。俺は鈴沢に干渉することが少なくなった。鈴沢もまたそんな俺に何も言わなかった。    定期試験の上位者発表に鈴沢恵子の名前が初めて載った頃には、彼女と俺が接することはなくなっていた。  俺はその内にいつかの寒い夜のことを忘れ、当たり前の日々を送った。        卒業式の日、いつかの帰り道で鈴沢にあった。信号待ちの横断歩道の前に彼女はぽつんと立っていた。  右手に持った学校指定のカバンの端からは、納まり切らなかった卒業証書が頭を出していた。   「よう、鈴沢」    近付きながら話し掛ける。   「あ、今村くん……」    そうつぶやいて俺の姿を確認した鈴沢は、ちょっと困ったように、不器用な笑みを浮かべた。1年前は驚かれた上に嫌な顔をされたんだよな、と思うと何だか感慨深かった。   「卒業、おめでとう……でいいのかな……?」   「いいんじゃないか」   「私も、卒業証書、もらえたよ」    そういって鈴沢は右手に持ったカバンを少し持ち上げてみせる。
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