君に捧げるシューゲイザー

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「あんな出席日数でも大丈夫なんだなあ」   「だね……」    会話が切れる。そうなった場合は、また俺が話し掛けないと会話が始まらない。信号はまだ赤のままで、俺は話の種を頭の中で掘り返しながら、鈴沢の横に並んだ。あの頃より俺の身長は伸びているはずなのに、隣にいる鈴沢は何だか大きく見えた。    信号を待ち続ける俺と鈴沢の間に、ほのかに暖かい、初春の風が吹いた。   「……あのね」    風の音に紛れて鈴沢が放ったその声は、いつもの小さな声をさらに小さくした囁き声だったが、はっきりと聞こえた。   「私ね、いつかの夜に君に会ったとき、凄く嫌な気持ちになったの……。でも」    真っ直ぐに俺に届く彼女の綺麗な声は、耳の奥、止まない風の音に紛れて。それはまるで鳴り止まぬフィードバックとホワイトノイズの奥から聴こえる歌のような、そう、ちょうど、彼女が愛した世界の歌声のような。   「今は……凄く感謝してる」    胸が熱くなった。  彼女を見る。繊細な少女の横顔は垂れた髪に隠されて、黒い瞳は俺ではなく、自身の足元を見つめている。  風が止んだ。   「あの時は――」    彼女が言うと同時に信号も青へと変わる。彼女は言い掛けた言葉を飲み込むと、小さな足を1歩、前に出す。ローファーがこつんと小さく音を立てた。    俺よりも1歩進んだ場所で、鈴沢は俺を振り返った。行こう、という具合に。    人生で初めて、横断歩道の信号を叩き壊したいと思った。鈴沢が初めて自分から、俺に何かを伝えようとしていたのに。        一緒に帰った日の分かれ道で、隣を歩いていた鈴沢が足を止めた。ここは男らしくさっぱりと、しばしの別れの挨拶をば、と俺は彼女を振り返った。    ……のだが。   「……っ」    俺が口を開くよりも早く、鈴沢が俺の服の裾をつかんでいた。小さな白い手がぎゅっと学ランを握っている。鈴沢は恥ずかしそうに顔を赤くして、でも必死さと切実さを宿した眼差しを俺に向けている。    頬を赤く染めて、上目遣いで俺を仰ぎ見ながら、服の裾を掴む鈴沢は、ちょっと残念なくらい可愛かった。    鈴沢が俺の服の裾をちょいちょいと引っ張る。   「ちょっと……付いてきて」    俺の返事も待たずに、鈴沢は歩きだした。俺は半ば彼女に引っ張られるようにして、いつもは曲がらない道を曲がった。
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