君に捧げるシューゲイザー

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       東京に向かう鈍行列車は見慣れた駅のホームからゆっくりと動きだした。    色褪せて見えるくらいに見慣れた景色。窓の外の、俺が18年間を過ごした田舎町の風景は、しかし今日は非常にノスタルジックなものに感じられた。    前に進むために必要な寂しさだと、分かっている。歩き進めば景色は変わる。物理的に考えても当たり前の事象だ。一歩を踏み出すことは、一歩前の景色を置き去りにすること。それが当たり前だ。    それでも、寂しいものは寂しかった。今さらになって俺は自分がこの町を好きだったのだと気付いた。気付いてもなおこの独りのボックス席に座り続けるのは、俺を受け入れてくれた町に対する裏切りのような気さえする。初春の青く晴れ渡った空が町を明るく彩って、俺の感傷をよりはっきりしたものにしていた。    踏み出すことは、こんなにも苦しいことだったか。俺はそう思い、そして、1人の女の子のことを思い出す。    思い返すと、あいつはきっと恐がっていたんだろう。踏み出すことを。新しい景色を見ることを。きっとあいつは俺よりずっと柔らかな心をしていて、こんな怖さをよく知っていたのかもしれない。    俺はそんなあいつの背中を、押してしまった。    あいつもあの時、こんな気持ちだったのだろうか。だとしたら、あいつは俺のことを、どんな風に思っていたのだろうか。もっとも、あいつはもう遠くに引っ越したし、今となってはそれは分からないのだが。    俺は隣の席に置いたリュックサックを開け、中を探った。  そして、古びたCDプレイヤーと、1枚のCDを取り出した。   「まったく……」    車輪と線路のぶつかり合う重い音の中に、俺は小さくぼやいた。    俺は別にレトロな趣味を持ち合わせているわけではない。  今朝、家を出るときに押し入れから引っ張り出してきた、俺が小学生の頃に買ったポータブルCDプレイヤー。乱暴に扱ったせいで傷がつき、塗装が剥げている。確か、早送りボタンの反応も悪くなっていたはずだ。    mp3プレイヤー等のデジタルオーディオがすっかり主流となった昨今。俺も例外ではなく、普段はデジタルオーディオを使っている。    そんな俺が、なぜ今さらになってこんな旧式を引っ張り出してきたのか。  その理由は、この1枚のCDにある。
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