君に捧げるシューゲイザー

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 疑問はこのCDを聴けば解決するのだろうか。あいつが俺に何を伝えたかったのか、分かるのだろうか。    俺はケースからCDを取り出して、プレイヤーに入れた。クリップ式のコントローラーの小さな画面には、1曲目の再生準備の完了が示されている。    カナル式のイヤホンを耳につけると、辺りはずっと静かになった。足下で響く車輪の音と車内のアナウンスがひどく遠く聞こえる。  再生ボタンを押す前に、俺は1度外を見た。景色はすでに変わって、次の駅に着く頃だった。    再生ボタンを押す。    何処か深いところから、きらびやかなエレキギターのアルペジオが聞こえる。その眩しい音は段々とフェードインし、はっきりと姿を現す。  音が一度、止まる。それから、一気に溢れ出す。重なりあうギター。きらきらとした音の粒、ざらざらとした質感のノイズ、柔らかに広がり揺れるトレモロの穏やかな波。その奥にはかすかに、分裂してしまいそうなそれらを纏めるベースの音と、秩序を刻むドラムの音がする。    一瞬のうちに、俺はこの世界にとらわれた。淡い夢を見ているような気分になった。  俺はこの心地よい世界から、あいつを押し出したっていうのか。大した理解も無く。そう考えると、自分の浅はかさと過ちを突き付けられるようで、ぞっとした。    なぜ俺は、彼女をこの世界から押し出してしまったのか。  それは何の為だったのか。  それは本当に、あいつの為だったのか。    ホワイトノイズの向こうから、囁くような歌声がする。  雛鳥の囀りのように高くてか細くて、でもどこかに憂いを含んだ声。間違いはなかった。この声は、鈴沢恵子のものだった。    複雑に絡み合った音の中から真っ直ぐに耳に届く歌声を聴いて、俺は鈴沢のことを思い出す。わずかな思い出と、最後に見たあいつの顔を。      彼女の背中を押したのは、いったい誰の為だったか。      俺はゆっくりと目を閉じて、揺らめく音に身を委ねた。        
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