君に捧げるシューゲイザー

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   鈴沢恵子――    その少女はCDのコーナーの棚から何枚かをひっぱり出して眺めていた。茶色のダッフルコートにすっぽりと覆われた体が小さくて、華奢で、弱々しかった。初めて会った時より、その弱々しい印象は色濃くなっているように思えた。    ココアを買うのは後回しだ。俺は店の中に入った。棚をすり抜け、鈴沢さんの後ろに、気付かれないように、回りこんだ。  小さな肩越しに、彼女が眺めているCDを見る。街の空を鳥が飛んでいるジャケット。シンプルな字体でかかれたバンド名。   「ライド、ねえ」    俺がそう呟くや否や、彼女は小さな体を大げさに見えるくらいびくっと震わせて、後退り気味に俺に振り返った。肩にかかる綺麗な髪がぶわっと広がる。小動物を連想させるような童顔には、普段の憂いを含んだような雰囲気はなく、驚き、怯えたような表情が張りついていた。   「こんばんは、鈴沢さん」    俺はポケットに突っ込んだ手を上げる。   「今村くん……?」   「おお、覚えてくれてたんだ」   「ここで……何を……してるの?」   「ココアを買いに来ただけさ。ってか」    俺は手のひらを鈴沢さんに向け、   「鈴沢さんこそ、ここで何してんのさ」    見る間に彼女の表情が変わる。大きな瞳に後ろめたさと怒りを混ぜ合わせた色を宿し、それを見せまいとばかりに俺から目を伏せる。彼女は、俺が興味本位以外の理由――例えば皮肉めいたものや意地の悪い気持ち――で彼女に話し掛けているのだと思っているようだった。   「あー、あのさ……」それは誤解だ。本当に興味本位だったんだ。俺は弁解をしようと身振り手振りで説明する。「別に責めようとかそういうんじゃなくてさ、ただ、元気だったんだなってそんだけだから」    俺の必死の言い訳が通じたのか、鈴沢さんの顔に滲んでいた嫌悪感が薄れた。   「……元気、ってわけでもないけど、大丈夫だよ」   「そうか」    学校に来ないのか、とは聞けなかった。本人も気にしているというのはよく分かったし、部外者の俺が傷を探るようなことをするのは止めたほうがいい気がした。  喋ったこともほとんどない、転校生の女の子。2年生の2学期始めという妙なタイミングに転校してきて、期末テストの頃には学校に来なくなっていた。  俺が何をしてやれる訳でもないし、何をするような義理もない。下手なお節介なんかはしない方がいいと思った。
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