君に捧げるシューゲイザー

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 洋楽の棚の前で、鈴沢さんはまだCDを物色していた。またゆっくり覗き込む。次はカラフルな色使いが綺麗な、猫のジャケット。   「ペイル・セインツねえ」    やっぱり鈴沢さんはびくっと大げさに驚いて、長い髪をばさっと振り乱してこっちを向いた。そして、今度は少しむっとした。   「やあ」   「……何か?」    俺は、訝しげに欝陶しげにこっちをみる鈴沢さんの目にきっちり視線を合わせて、CDを彼女の目の前に差し出した。   「え……これ……」    無言で、CDを鈴沢さんのなだらかな胸元に押しつけた。別に発情した訳でもなくセクハラでもなく、彼女の押しの弱い性格からそうすればCDを受け取ってもらえると判断したからだ。  予想どおり、鈴沢さんは真ん丸い目を大きくして、びくっとしながら、小さな手でCDの袋をつかんだ。そこで俺は手を離した。   「シューゲイザーもいいけど、たまにはそういうのを聴くといい。元気出るぞ。じゃ、おやすみ」    放心したみたいに立ち尽くす鈴沢さんに軽く手を振ってから、今度こそ店を出た。    パンク・ロックの金字塔「勝手にしやがれ!」。70年代、テクニックも曲展開もなく、ただパワーコードとエイトビートに乗せて怒りをぶちまけそれまでの常識を破壊した男たちの、衝動の塊みたいなアルバムだ。    シューゲイザーのアルバムをじっと見つめる鈴沢さんの横顔を思い出す。彼女の横顔にはあの緻密に重なった轟音の世界に対する愛情が滲んでいた。  シューゲイザー、あのひどく内省的な世界。あの世界に共感するというのなら、彼女は殻に閉じこもっている姿に憧憬を――またはすでに彼女は。    そう思ったから俺は、生まれつつある、あるいは完成されたその殻をぶっ壊してやればいいんじゃないかと思った。    あの脅迫状みたいなジャケットが、彼女を覆っている殻を吹き飛ばす爆弾になってくれれば――なんて、それが俺に出来る精一杯のお節介だった。    なけなしの小銭でココアを買って、家に帰った。        睡眠不足のおかげで自動的に閉じようとする瞼を抑えながら学校に行くと、女子の一群が教室の隅に固まっていた。その中心に、昨日まで絶賛不登校中だった鈴沢さんがいた。
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