君に捧げるシューゲイザー

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 俺は自分の机にカバンを放り投げ席に着く。教室の隅から声が聞こえる。久しぶりだね鈴沢さん、体は大丈夫? 追試は終わった? もし分かんないならノート貸してあげるから遠慮なく言ってね! ねえねえ鈴沢さん、鈴沢さんのいない間にこんなことがあったんだよ! 長い間学校に来ていなかった人向けのテンプレートが次々に投げ付けられている。俺なら何とも思わないが、鈴沢さんは嫌がるんじゃなかろうか。  そこでチャイムが鳴って、先生が教室の戸を開けて入ってくる。瞬く間に女子生徒たちが散り散りになる。    拡散していく集団、その中心に目をやる。鈴沢さんは誰にも気付かれないように隠しながらも、わずかに表情を和らげた。    俺は、やっぱり、と思いながら、出席に返事をする。そうして今日も学校が始まった。          昨日の夜――正確には今日の朝だが――にシューゲイザーを巡る他愛ない話をしたところで俺と鈴沢さんとの距離が縮まったわけでもなく、学校が終わるまで彼女とは何の関わりもないままだった。文学部という名の帰宅部である俺は、友達と別れて家路に着くこととした。    下駄箱からボロボロの黒いスニーカーをひっぱり出して足を突っ込む。部活のある生徒達がでかいカバンを重そうにゆさゆさ揺らしながら駆けていく。掃除中の生徒がその様子を疎ましげに睨み付ける。巻き上がった土ぼこりを避けるように手で空気を掻き混ぜながら、スカートを短く折った女子生徒達が並んで出口へ向かう。せき止められた水が解放されたみたいに、学生たちの濁流が校舎から溢れ出す。毎度お決まりのその濁流に押し流されて、俺は校舎を出て校門を過ぎて、自宅へ続く細い道に。そこからやっと自分の足で、とぼとぼと歩き始めた。    歩道を1人で歩く。風は夜ほどではないが十二分に冷たい。学ランの下に校則違反のカーディガンを着ただけでは到底防げない冷気に、俺は身を縮ませて、ズボンのポケットに手を突っ込む。  空は暗くなり始めていた。街灯や道沿いのコンビニが放つ明かりが、薄明かりの中でにわかにその存在を主張している。歩道の先には幾人かの生徒が歩いていた。    しかし寒い。本当に寒い。やれ地球温暖化だの暖冬だのとテレビのアナウンサーが連日のように喋っているというのに、結局そういうのってでたらめなんじゃないか、なんて疑ってしまいそうな寒さだった。
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