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自由な天使はいつもの穏やかな声をわざと荒げて――
「あんたたち恥ずかしくないわけ」
……まただ、右耳からするりとこぼれ落ちる。芯の通った透き通るような声に、僕の鼓動は早さを増すばかり。
自意識過剰かも知れないが、彼女の声が、『僕』を責め立てているようにも感じられた。先刻、クラスメートが殴られているのを僕は見ないふりをしたのだから。正確に言えばプールの隅で、彼が殴られていたかどうかはわからない。あまり話したこともない、同じ水泳部の男子が男女数人に囲まれていたのを、僕は見て見ぬふりをした。
先輩が上げた精一杯の怒声は蝉の声以外の何もかもを消し飛ばす威力を携えて、加害者たちの視線を瞬時に集める。その直後だった。先輩が――プールへ突き飛ばされた。痛々しい音と水しぶきが跳ねる。静けさに包まれた塩素のキツイ匂いが、一層異様な空気を醸す。
先輩が青い水に沈んでから数秒後、小刻みに煌めきながら、波紋が広がってゆくのを見た。僕にはとても不思議だった。それを、とても美しいと感じたんだ。
「正義感ぶってんじゃねーよ」
「何あいつ。バカじゃないの」
同時に、冷たい目をした阿呆面共がプールサイドで喜んでいるのを見た僕は、ひどく汚らしいと感じた。排水溝にこびりついたカビが寄せ集まるように、奴らはやがて、腐敗した大人たちになるんだろう。
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