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「こんにちは」僕が気付いて声をかけると、彼女は驚いて僕を見た。
「あら、こんにちは。仕事帰り?」
「はい。…誰か待ってるんですか?」
「ううん。傘を、なくしちゃったの」彼女が無機質な格子の傘立てを指差して、苦笑いしながら言った。
「あぁ…」僕は、あの薄紫の上品な傘を思い出していた。
「あの、良かったら入ります?」僕は黒い傘を軽く上げて言った。
「本当?助かるわ。でも大丈夫?」
「はい。どうせ暇ですし。どこまで行くんですか?」
「じゃあ、この先にあるホテルまで」
歩いて7、8分の所にある、割と高級なホテルだ。
「わかりました」
「良かった。タクシーで行こうと思ったんだけど、そんな距離でもないし、濡れて歩くのも嫌だなって。迷ってたの」
僕の傘は2人で入っても充分な大きさだった。肩先もそんなに濡れることもない。
「マスターの奥さんにしてはずいぶん若いですね」
近くで見るとすごく華奢で、肌が綺麗だった。
「あら、でも私、もう32よ」
「へぇ…見えない。あの、…僕のこと知ってたんですか?」
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