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夕暮れ。空はどこまでも赤いのに、木々に覆われたこの場所は夜であるかのように暗い。
山に足を踏み入れてから随分と時間が過ぎてしまったが、それでも花が見つからない。
流石に焦りを感じ始めた時、突然寒気に襲われた。
そこにあったのは薄汚れた小屋。そして赤茶色に変色した大地。
この異様さから考えて、恐らくここは千婆さんの住処だ。
近寄り難い程の不気味さが漂っているのに、呼ばれているような感覚がする。
俺は恐る恐る小屋に近づき、古びて軋む戸を引いた。
中には特に衝撃を受ける程の物は無かったが、壁には所々血と思われる染みがあり、床には様々な物が散乱していて薄気味悪い。
しかしその中で、存在感を放っているのは壁に貼り付けられた二枚の紙。
『逃レタクバ自ラノ首ヲ落トスコト。我臆病ニテ、此レホド刻ガ経チヌ』
『何故我ヲ裏切リヌ』
何だこれ……
真っ赤な字で書かれたそれの意味について考えていると、背後に気配を感じた。
振り返るとそこには戸口から俺を見つめる二つの赤い瞳。
「花……!」
俺は安堵して彼女の名を呼ぶ。
しかし花は後退り、こちらに背を向け走り出した。
一人小屋に残され呆然と立ち尽くす俺。
『何故我ヲ裏切リヌ』
開け放された戸口から風が吹き込み、貼り付けられていたその紙がひらりと舞った。
ひた、ひた、ひた、ひた。
夕闇に包まれた森の中で、俺の足音が重たく響く。
絶望と僅かな期待を胸に、花を探していた。
何故、何故。
いや、きっと先程のは何かの間違いだ。彼女はただあの場所を恐れただけに違いない。どうか、そうであってくれ。
がさり。
何処からか木の枝が擦れる音がして、息を飲む声が聴こえた。
目を向けると茂みの中から見慣れた赤と白が見える。
ああ。
「みーつけた」
無意識に握りしめ続けていた血染めの刀を引き摺りながら、ゆっくりと花に近づく。
そして膝をつき、震える彼女に左手を差し出した。
「さあ、花――」
ぱしり、と音を立てて、その手は呆気なく払われた。
「は……な……?」
その力はとても弱々しかったが、俺の全てを壊すには十分過ぎた。
「あ……」
花が僅かに声を洩らす。
何故、何故。
両親を亡くしたのも。幸せを無くしたのも。このような姿になったのも。
全部全部全部。
花のせいだと言うのに……?
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