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―僕の彼女は、パティシエだった。 小さい頃から、パリで学ぶことを夢見ていた。そんなある日、突然梓が家に来た。― 「梓」 「…ごめんね、急に」 梓は、眉を寄せて笑った。 「良いよ。でも、どうしたんだ?」 「…………」 梓は、何も言わずに、僕の差し出したマグカップを見つめた。 「梓?」 「実は……パリに…行くことになったの」 梓は、自分のスカートを握り締めたまま言った。 「え…っ」 本当は、『おめでとう』、って言ってやるべきなんだと思った。 もちろん、梓の夢が叶って嬉しかった。 でも…、あまりにも遠すぎた。 僕が言葉を探していると、 「私…、夢は叶えたいの。でもね…、優君と離れたくない…」 梓は、小さな子供のようにポロポロ涙を零した。 「………分かった」 「え…?」 「賭けしよう」 「か…賭け…?」 「あぁ」 僕は、側にあった棚からトランプを引っ張り出して4枚抜いた。 「1枚引いて、ハートだったら、行く」 「…うん。……」 梓がトランプを見つめたまま黙った。 「神様って…意地悪だね」 そう言って梓が僕の方に向けたのは、ハートのエースだった。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ それから数週間が経ち、今日は梓が旅立つ日だ。 忙しそうに人々が行き交うロビーで、僕は今までで一番強く梓を抱き締めた。 「夢の為に少し離れるだけだから…平気だよ…」 ―僕は初めて梓に2つ嘘を吐いた。 1つは、あの日、『平気だよ』と強がりを言った事。 そして…。― 「…ただいま、優君」 「…おかえり、梓」 ―梓の夢を叶える為に全てハートのトランプを使った事。―
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