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「よし平助、そこの茶屋で休憩しよーぜ」
「左之さん。そこのお嬢さんにお熱なのはいいけど行くなら見回り以外の時ね」
人目をひく浅葱色が二つ。十センチ程の差のある二人は真面目な表情で言葉を交わす。
下心が完全に露見していた原田左之助は隠す気の無い舌打ちをし、藤堂平助の肩を掴んだ。
「いいじゃんかよー、平ちゃん。ほら、暑いだろ? 疲れただろ?」
「今の左之さんの方が熱い。肩掴まないで」
「あんだよ冷てぇなぁ」
ベタベタとまとわりつく原田を一刀両断し、藤堂は懐の手拭いで汗を拭う。文句を垂れる原田も茶屋を通りすぎた段階で諦めたのか、腰に提げた竹筒から水を煽った。
「……平和だよなー」
ぽつりと零れた藤堂のぼやきに原田は笑って返した。
「いいじゃねぇか、平和で。刀抜く連中いねぇし、町人も安心だろ」
「そうだよな」と返す藤堂は何処となく納得してないような表情をしていたが、竹筒を再び提げていた原田は気付かない。
変化を望む藤堂は、変わりない日常をつまらなく感じていた。そして元々持ち合わせた野次馬根性と変化への渇望により、一つの会話を拾う。
「また出たんやて?」
「……あぁ、例の死体? 怖いわよね」
「林、でしたっけ」
「さっさと捕まえてくれないんやろか」
女達の井戸端会議。話の種は最近噂の心臓が無い変死体。
怖い怖いと告げる彼女らは、本当に恐れてはいない。ただの暇潰しの話題になる噂で盛り上がりたいだけ。
そこに、自分も狙われるかもしれないという恐怖は微塵もない。
あるのは、得体の知れない相手へのほんの少しの恐怖とそれを上回る興味。そして被害者への哀れみだけだった。
「……左之さんちょっとごめん!」
そして、変化を望む藤堂がそれを聞かなかったことにするわけはなく、原田の返事を聞かずに駆け出してしまった。
原田は話が聞こえていなかったのか、何度か瞬きをすれば「なんだあいつ」と呟いて遠目に眺める。
藤堂が話しかけた相手は女で、その中の一人に見知った顔を見付けた原田は仕方ねぇなと呟いた。それからため息を吐きながら、藤堂達に歩み寄り、声をかけた。
「よお、何の話してんだ?」
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