第二章 消防団へようこそ!

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 桜谷(さくらたに)町は国道線から少し離れた場所にある__  四方を山々に囲まれた谷間に広がり、これといった名物や有名な観光地もない。それ故人々の訪れもなく、ただ素通りしていくだけの町。時代の流れから取り残され、いつしか消えていくのも仕方ないだろう。  それでも新たな出会いで溢れる弥生の季節、近くまで来たならば訪れるのも一興だろう。その僅かな期間だけ、桜谷町の表情が一変するから。  想像して欲しい、山並みに沈む谷間いっぱいに覆い尽くす薄紅色の光景を。  桜谷町の名前の由来はその名通り桜並木だ。桜谷町には無数の桜が植えられている。駅前通りから町役場前、小学校前から中学校前まで延々と。それらが青空の下一斉に咲き乱れる様は、まさに桃源郷といっても過言ではないだろう__  鮮やかな青空が広がっていた。咲き誇る薄紅色の桜とのコントラストが鮮やか。風は皆無、春爛漫(はるらんまん)の暖かい日だった。  鉄板の上の焼き肉もほどよく焼けてそろそろ食べ頃だろう。この陽気だと生ビールの注文が飛ぶようにくるのも納得だ。穏やかな空の下、満開の桜を見ながらのバーベキューは格別だから__ 「翔太、こっちもおかわりな」  生ビールの注文が入った。 「うっす」  慌てて立ち上がる翔太。そそくさとビールサーバーに歩み寄る。そして空のジョッキにビールを注ぎだす。休む暇がないとはまさにこのこと。着込むのは消防団の法被だ。かなり着古したようで黒地がかなり薄くなっている。 「いゃー暑くなったない。朝はあんだけ寒かったのに」 「その分ビールがウマイべ。バーベキューにはちょうどいい」 「この肉、うめーな」 「こっちにも肉追加だぞ」  傍らでは同じ法被姿の男たちが、桜などそっちのけで酒と肉に食らい付いている。飲むわ食らうわ、その段取りをする人物のことなど気にもしない。  彼らの後ろに佇む建物は消防団 屯所(とんしょ)、消防団の活動の基点となる建物だ。  その日翔太は消防団の会合に参加していた。春季検閲式(しゅんきけんえつしき)という恒例行事があって、その後の打ち上げで花見をしていた。  ちなみに検閲式とは消防団にとって大切な行事のひとつだ。とはいえその内容は薄いもの。気合いと共に望んだ翔太だったが終わってみればとてつもない肩透かし感で包まれていた。
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