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新羅が帰った後、玄関は急に静かになった。
「あー」
静雄はがしがしと頭を掻き、子供を見下ろした。こちらを見上げる赤い瞳とぶつかる。よく知っているはずのに、どこか見慣れない。些か居心地が悪くなって、静雄は口を開いた。
「…まあ、入れよ」
ぶっきらぼうな口調になってしまったが、子供は素直にうん、と頷き靴を脱いだ。
「お邪魔します」
静雄は先に立って部屋に入り、そこここに散らばった雑誌や、吸殻の入った灰皿を片付けた。
「適当に座れ」
と静雄が床を指差すと、子供はぺたりと座った。
「朝ごはんは食べたのか」静雄が聞くと、こくりと頷く。
これは本当にあのノミ蟲なのだろうかと静雄は思った。人を苛立たせる饒舌さもなければ、人を馬鹿にしたような笑いもない。
(あのノミ蟲も、ガキの頃はまともだったんだな)
「ねえ、おじさん」
そんなことを考えていると、突然話しかけられ、静雄は我に返った。
「なんだ」
おじさん呼ばわりされたことは納得できないが、一応返事する。子供は面白そうにこちらを見上げている。「名前はなんて言うの?」そう言えば自己紹介してなかったな、と思う。
(まあ、こいつに自己紹介するのも変な感じだが)
「平和島静雄だ」
「へいわじましずお」
と子供は繰り返し、にっこり笑った。
「じゃあシズちゃんだ」
(…前言撤回。こいつはやっぱりノミ蟲だ)
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