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遠い遠い昔、この山奥の村で山守りをしていた若蛇様と、村娘が恋におちた。
その血を引く私達、松葉家には時折、『先祖帰り』が産まれる。
ある者は背に、虹色に輝く蛇の鱗を持ち、ある者は腕に。
ただ、私は…弘化元年、松葉家の末の娘に産まれた・牡丹は違って、それを顔半面に持ってしまった。
皮膚は虹色に輝く一枚一枚の鱗に、瞳はまるで蛇のように、瞳孔は細く、紅い。
父は、それは強い力の現れかもしれないね。笑って、私の皮膚が七色に光るのを綺麗だ。と、目を細めてくれた。
ただ、あまり人に見せてはいけないのが掟。
牡丹の顔はいつも、手拭いで巻かれて、まるで病人のようだった。
「母様、これでは何も見えません…」
背中や腕なら、どうとでも出来るけれど、顔となっては些か厄介だ。
「困ったね…」
苦笑しながら首を傾げる母に、
「ただいま!」
天真爛漫な姉の声。
「お帰りなさい、姉…様?」
姉は近くの夏祭りに行っていたんだ。と、狐の面を、牡丹に掛けてやる。
「便利でしょう?」
笑う姉に、牡丹は口に出さなくても触れ合う心がある事が、くすぐったくて、嬉しくて。
優しさが、心地好くて。
ハニカミ笑い、
「ありがとう」
ゆっくり腕を回し、久々にゴロゴロと姉の体温に、微睡む。
「甘えただ」
笑う姉に、ふふ。笑みを漏らす母。
畑から戻ってきた父も、汗だくになりながら、光景に顔を緩めた。
私は、本当に幸せ。
愛している。
愛されている。
この時、嘉永六年・午の月(五月)夏。
牡丹・七歳。
…これから起きる事など、予測もつくまい。
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