第一章『くちなし』

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遠い遠い昔、この山奥の村で山守りをしていた若蛇様と、村娘が恋におちた。 その血を引く私達、松葉家には時折、『先祖帰り』が産まれる。 ある者は背に、虹色に輝く蛇の鱗を持ち、ある者は腕に。 ただ、私は…弘化元年、松葉家の末の娘に産まれた・牡丹は違って、それを顔半面に持ってしまった。 皮膚は虹色に輝く一枚一枚の鱗に、瞳はまるで蛇のように、瞳孔は細く、紅い。 父は、それは強い力の現れかもしれないね。笑って、私の皮膚が七色に光るのを綺麗だ。と、目を細めてくれた。 ただ、あまり人に見せてはいけないのが掟。 牡丹の顔はいつも、手拭いで巻かれて、まるで病人のようだった。 「母様、これでは何も見えません…」 背中や腕なら、どうとでも出来るけれど、顔となっては些か厄介だ。 「困ったね…」 苦笑しながら首を傾げる母に、 「ただいま!」 天真爛漫な姉の声。 「お帰りなさい、姉…様?」 姉は近くの夏祭りに行っていたんだ。と、狐の面を、牡丹に掛けてやる。 「便利でしょう?」 笑う姉に、牡丹は口に出さなくても触れ合う心がある事が、くすぐったくて、嬉しくて。 優しさが、心地好くて。 ハニカミ笑い、 「ありがとう」 ゆっくり腕を回し、久々にゴロゴロと姉の体温に、微睡む。 「甘えただ」 笑う姉に、ふふ。笑みを漏らす母。 畑から戻ってきた父も、汗だくになりながら、光景に顔を緩めた。 私は、本当に幸せ。 愛している。 愛されている。 この時、嘉永六年・午の月(五月)夏。 牡丹・七歳。 …これから起きる事など、予測もつくまい。
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