第六章『立波草』

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『それでも、牡丹は幸せだったのさ。人には見せられぬ姿でも、愛してくれる家族に。自分もそれを愛して。山奥で貧しくとも普通の子供と何ら変わりの無い、幸せな子供だったんだ。』 過去形を止めない白蛇に、これから知らされるであろう真実。ゴクリ。山崎は息を飲んだ。 『…それを、いとも簡単に終止符を打つ事件が起きた。外界と、余り関わりの無い山奥で続いた干魃。勿論、作物は育たず皆、食うに困るようになる。‘私’という存在を忘れた人間は、牡丹に目を浸けた…人身御供。もう分かるか?』 ‘豊穣神’の血を引く娘が、村に居る。ならば飢えた人間が考える事は…それを利用する事。 それ以上に手は無い。と人間は躍起になる。牡丹の意思も命も関係無く。ただ我が身可愛さに。 ‘山守り’という白蛇の事も忘れ、祈る事もせず。所詮他人の子だ、と。安易な考えだけで。 それだけで… 「牡丹を危機に晒した」 その時、自分が牡丹の側に居られなかった事を山崎は口惜しげに言って当てた。 『その通り。牡丹は人身御供として、親から離された。だが、自分の子を可愛く無い親は居ない。牡丹の家族は、小さな命を救おうと、村を裏切った…そして…牡丹の目の前で…殺された。』 利用され、愛して止まない人を、目の前で「殺された」。一方的に。我が儘に。 それは…まるで、芹沢らと同じ光景だった。牡丹が壊れるには、十分な引金だった。 山崎の顔が歪む。 当事者の自分が、牡丹に関わるべきなのか。関わって良いものなのか。身体が固まり、震える。 それに気付いた白蛇は、乾いたような笑み声を漏らした。 『勘違いしてはいけない。‘あの日’と、芹沢一件とは訳が違う。人間は何時かは死ぬ。遅かれ早かれ。かと言って、全ての‘死’を一緒にしてはいけない』 一方的にただ奪われる命と、‘死’を受け入れ逝く事の違い。 それを分かっていなければ、山崎を連れて行く意味が無い。白蛇は思いながら、山崎に言って聞かせた。 「わいは…牡丹の嫌いな人間の部類や」 人を殺める事に、躊躇いが無い。 そんな山崎に白蛇は、 『それは違う。お前達は人を殺めながらも、痛む心を持っているだろう?自分も何時殺されるかもしれない。そう分かっていて、それでも前を見据える目があり、覚悟がある。』 だからこそ、人間の力を借りたいんだよ。 白蛇は言って、やっと戻った。 いつか牡丹に言った…『神の寝床』。
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