第六章『立波草』

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牡丹は、ふっ。鼻で笑い、自分にとっては当然の事を聞き返してくる山崎を、蔑んだ。 「お前らより、よっぽど分かっている。」 自信を持って言う事では無いけれど。 それに山崎は、 「親を、家族の‘死’を目の当たりに、得たもんは。そんなもんか。」 逆に見下したような目で、牡丹を見据える。 「わいは大阪出身でな。家は町で小さな診療所をしとった。餓鬼の自分は、それを誇りにも思わんと、後を継ぐんが嫌で新撰組に入った。誰の反対も押し切って…それが。丁度牡丹が来る前くらいや。珍しくわいに文が届いた。‘家は不逞浪士に焼き払われた’てな。家族の死に目にも駆け付けれんかった。後悔したわ。何で誰にも自分の気持ちを分かって貰おうとせんかったんか。」 山崎の現実に、牡丹は一瞬言葉に詰まった。が。 「それでも、お前は人を殺めているだろう?なら、お前もその不逞浪士と同じ…」 …ではないか。 言い掛ける牡丹の頬に、バンッ!という音と共に、脳震盪を起こさんばかりの激痛が走った。 呆気に取られる牡丹。 「命の重みを知らんのは、牡丹。お前や。」 凍てつくような山崎の声が、威勢の良かった牡丹を凍らせる。 「同じ?不逞浪士とわいを、同じ言うたんか?思ったんか?やったら、人の命を軽んじとんは、一番知っとらなアカンお前や。」 何も言えない牡丹。 それを射抜くような山崎。 けれど…気付いて居ないだろうか。 山崎と牡丹は、過去故に共鳴し、その心は交差しながらも、魂がゴウゴウ。と燃えている。 「…すまん。やり過ぎた。」 謝る山崎に、牡丹の胸はチクリ。確かに痛んだ。 人の道など、捨ててしまおう。と、思った牡丹が。 「なあ、牡丹。わいらは常に自分の‘死’を意識しながら、ほれでも生きたい。そう思うとる。」 死と、隣り合わせに在りながら。それでも生きている。 「ほれはな?守りたいもんが在るからや。」 牡丹は痛む頬に手をやりながら、それでも拭いきれない不審に、ただ聞く事に徹した。 「‘死んで護国の鬼となり’ほんな死ぬ事を前提に、何も恐れず生きとん違う。ただ、守りたいもんが在るんや。守るべきもんが在るから、牙を預かっとる。」 優しい訳ではない。けれど、厳しい訳でも無い。そんな諭し方をする山崎に、牡丹は胸につかえて忘れられ無い‘もの’を思い出す。 「では…では‘局中法度’は?」
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