第六章『立波草』

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帰ってきた新撰組屯所。 山崎は「隊務がある」と、早々に出掛けてしまった。 残された牡丹は。と、いうと…何故か足が鋤くんで、中へ踏み入る一歩を出せずにいる。 ただボンヤリ。 (お面、してないや…) 「帰る。」それは自分が決めたのだ。けれど…いざとなると、何故帰って来たのか分からない。 散々罵倒した自分を、謝りに行くのか。 違う。 (私は間違って無い) 擦れ違い、思い違いをしていた自分を、正しい筈が無い事は分かっている。 けれど、正しく無くともあれは本心で。嘘では無い。 心に嘘はつきたく無い。 心に嘘をついてしまえば、それはきっとシミのように残って、何れ本当に自分以外を信じられなくなってしまう。 だから、謝る所は其処では無い。逆にそれを謝れば、あんな結末しか道が無かった土方らに対して、敬意が無い。 かと言って… (何て言えば良い?) 固唾を飲んで、纏まらない思考の中、立ち尽くしている牡丹に、ポン。肩に手が、声が掛かった。 「寒いのに。風邪、引きますよ?」 「………沖田さん…」 巡察から帰った沖田が、軽く背中を押す。 それは、まるで追い風のように、立ち尽くしていた牡丹を軽々と中へ誘った。 「もう大丈夫なんですか?」 気遣う沖田は、今の牡丹に何処までも優しくて。牡丹はただポロポロと涙を落とした。 沖田はそんな牡丹に、苦笑しながらも、 「折角雨が止んだのに、また降りそうですね。」 言って、巡察中にこっそり買ってきた団子の包みを見せると、「一緒にどうですか?」言って牡丹の手を引いた。 初めて入る沖田の部屋は、殺風景で。それでも牡丹は珍しげに、部屋中を見渡した。 「はい、どうぞ?」 牡丹は沖田に差し出された温かい茶と、団子に手を伸ばす。 「沖田さんの部屋は、何も無いんですね」 牡丹の本音は容赦無い。それには沖田も苦い顔をした。 「何も在りませんよ。必要無いから。」 ただ、寝る為の布団と、姉に書く文の為に在る机。…それに、真剣だけが在れば良い。 沖田の返事に、外回りの隊務となれば、皆こうなのか。牡丹は思いながら、迫った。…………真実に。 「沖田さんは…芹沢さんは良い人だって、知ってましたよね?」 唐突な質問。けれど、真剣な牡丹の紅い瞳に、沖田は静かに手を止めた。 「勿論。知っていたし、大好きでしたよ。」
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