第六章『立波草』

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「芹沢さんは…隊の大恩人でしたから…」 沖田が話し出す真実。 「今が在るからには、過去があるんですよ。…田舎の道場でただ燻っていた自分達に、願ってもない朗報が入りました。それは、名声も実績も問わない有志軍の徴募でした。勿論、それに賛同しない筈も無かった我々は上京。‘将軍の警護’の為に、です。それなのにいざ京に着くと、集まった我々を‘尊皇派’に丸め込もうとしたんです。」 京に来て初めてこれは策謀だ。と、気付いた。 「それに対して近藤さんは、‘幕府の徴募に応じて上洛した以上、それを翻すは武士道に非ず’そう言って、決裂しました。そこへ芹沢さんが近藤さんの武士道を‘よっぽど筋が通っている’と言い、残留を共にしたんです。それに対して、集まった浪士の一部から、‘攘夷の沙汰をうけながら、江戸引揚げに同行しないのは不埒であり、切腹するべきだ’とも言われました。けれど芹沢さんは言ったんです。‘関東に下って攘夷に加わるのも、京都にとどまり王城を守るのも、等しく勤王に変わりは無い’。それは芹沢さんの器に惚れ込むには十分な言葉でした。」 話を中断し、渇く喉に茶を啜る沖田。 けれど牡丹は沖田に休む間も与えず。 「そんなに惚れ込んでいたと言うなら、どうしてあの場に沖田さんが居たんですか?」 何故、自ら手を汚したのか。と。 沖田はそんな牡丹に、憂いを含んだ顔をして微笑すると、 「だからこそ。ですよ。」 言った。 「本当に、芹沢さんを大好きでしたから。暗殺沙汰になった時、内心穏やかでは居られなかった…けれど思ったんです。‘避けられぬ道ならば、芹沢 鴨を惚れた自分が手を下そう’と。‘芹沢さんを知りもしない、他人に任せる位なら、自分が手を汚す事が芹沢さんにとって、価値在る逝き様だ’と。」 それは、自分の勝手な解釈で。ただの自己満足でしか無いのかも、しれないけれど。 牡丹の見る沖田の顔は、悲しみを含んでも凛として。 其処に沖田の『義』を見た。 「人殺し」と、蔑まれようが、己の意思で持って奮い起ち、未練はあれども悔いは無い。 (真実は…知れば知る程残酷で、優しい) 牡丹はただそれを、冷静に受け止められる自分に、思い出すのだ。 胸に刻み、今もやはり願う事。 「やっぱり私は、人で在りたい」 此処は、幼かった自分が望むような安穏とした場所では無いけれど。 此処に居てこそ、見える人間の性がある。
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