第六章『立波草』

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「土方さん、牡丹です。」 襖越しに声を掛けると、「知ってる。早く入れ。」ぶっきらぼうな返事があった。 「只今戻りました」 何処と無く不機嫌さを醸し出している土方に、牡丹が控え目に頭を下げる。 と。 ガッツリ。頭を鷲掴みにされる牡丹。 「いたっ!?いたたたたたたた!」 「お・ま・え・は!帰ってきたなら、先ずは俺んとこに来ねえで!油売ってんじゃねえよ」 つまりは心配していたのだ。言葉と行動では分かりにくいけれど… 「ごめんなさい…」 悄気て見せる牡丹に、土方は溜め息を付きながら解放してやる。 「土方さん…‘局中法度’あれを作ったのは土方さんなんですよね?そうまでして、土方さんはそんなに此処が大事ですか?」 他の隊士よりも、まず自分を戒めて。そこまでして守りたいのか。 組長格・平隊士同様に、自分もまた何時‘死’に直面するかもしれないのに。 土方は筆を取ろうとしていた手を止め、牡丹と向き合うように座った。 「大事だ。自分の命より大事とは言えないが。」 命在っての事。だと、諭され考えたから。 「国を支えるのは、国民だ。だから俺は未来ある人を、町を守りたい。何より俺は野心家だからな。近藤さんを真の英傑だと思ってる。だからあの人を、真の武士…誰からも認められるような幕臣にしてやりてえ。」 土方の『義』は、山崎の言葉よりも大きい。牡丹は思った。 だからこそ、あの時自我を無くしていたとは言え、あんな態度を取った自分を心配出来る器が在る。 「感服しました。土方さんの『義』があり『誠』を見させて貰いました。でも、私はまだ知りたい事がある。それには…私の生い立ちから話さなければ、いけませんが。構いませんか?」 向き合う二人の目は真剣で。言葉は無くとも、それが土方の返事だ。と、牡丹は唇を噛み締めながら話した。 …松葉家の血筋の事。 …七歳まで何も知らない幸せな、ただの子供であった事。 …それから起こった‘あの日’の事。 …半妖でありながら、人の道を選んだ自分の気持ち。 全てを話した。 土方は黙って聞いていたが、最後に「そうか」とだけ言って、両膝に拳を握り締めながら牡丹を見据えた。 「‘信じる’ってのは、簡単に口に出来ても、実際は蕀の道だ。それに…此処の状況も変わってきている。お前が此処に居て、見えるのは血の道処か、血の海かもしれねえ。覚悟はあるか?」
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