第六章『立波草』

25/29
前へ
/105ページ
次へ
いつも明るく皆の士気を上げる近藤が、今日は一度も見掛けない。 牡丹はそれとを不思議に思いながら、土方はきっと自分の事を、話に言っている筈だ。それは…「近藤さんに付き合ってやってくれ」その言葉と関係があるのだろうか。 牡丹はただ、雲の無い青い青い空を見ながら、物思いに耽っていた。 と、 「松葉さん?」 一人の隊士が声を掛けてきた。 聞き覚えの無い声。きっと、どこかの隊に配属されている者だろう。 そんな牡丹を尻目に、その隊士は、 「松葉さんて、実は凄く綺麗な方だったんですね」 それは…面をせず、紅い瞳をしながらも見えていない。‘この’顔を見えていないからだろう。 今、この隊士が見ているのは、牡丹の…横顔だけだから。 牡丹は躊躇わなかった訳では無い。 離れて行ってしまうかもしれない。「綺麗だ」と、もう二度とは聞けないかもしれない。 けれど…向き合わなければ。受け入れなければ、その心は何時まで経っても平行線だから。 牡丹は少し躊躇いがちに、けれど知らずとも言ってくれた隊士に、真正面に向き直り笑んだ。 「ありがとう」と。 けれど…当然の反応だろう。牡丹の顔を正面に見て、隊士は顔をひきつらせながら後退り。 ああ。やっぱり。 当然の反応だ。そう予想していても、痛む…心。 切ない。やるせない。どうして、何故。自分なのか… そんな感情は、牡丹の顔で見て分かるけれど。隊士は目を反らし、走り去ってしまった。 「…気味が悪い」 小さく言い残して。 分かっている。 気味悪がられる事も…「不吉」だと、離れて行ってしまう人間も居るだろう。と。 (心に嘘は付かない。私は私。でも…向き合うのは、自分だけじゃない。) でも… 「やっぱり少し先が思いやられるな」 物悲しげに、儚い笑みを浮かべる牡丹。 と、 「おぉっ!?牡丹本当に別嬪さんだな~」 「面をしてても、可愛かったよ?」 それは…きっとまた、横顔しか見ていない。原田と藤堂の声。 (…よりによって今、か…なんて間が悪い。) どうしてこう、何事も重なるのだろう。 思いながらも、牡丹は二人に有りの侭の素顔を晒した。 その顔に、驚きを露にする原田と藤堂。 (ああ、やっぱり。) 牡丹は困ったような顔をしながらも、笑って見せた。 それは…きっと強がった笑顔ではなく。現実を受け止めよう。そう決めた牡丹の笑顔…
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

376人が本棚に入れています
本棚に追加