第六章『立波草』

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そんな牡丹の笑顔は、青い空に照らされて。 その精神こそが美しく。澄んでいる。二人はそう思った。 「だから牡丹は何時も顔を隠していたんだね。」 藤堂が言う。 そう。だから、誰にも見られたく無い自分が居た。…でも、もう逃げたくない。 全てを晒け出してくれた、少なからずも受け入れてくれた人達の為に。自分はそれに応えたいから。 「折角の別嬪さんが、今まで隠して生きてきたのが勿体無え」 それは…原田が言った言葉は。言って笑うその顔は。 嘘…じゃない。 一目にも分かった。 それに続く藤堂の言葉。 「牡丹は‘可愛い’から‘綺麗’に格上げだな~日に照らされて、ほら。」 藤堂が牡丹の顔に目を細める。 「綺麗だ。」 何色にも色を変えるその顔は、 「まるで菩薩…煌めいて。道を照らす‘幸運の女神’みたいだよ」 自分は…気味が悪くて、不吉を呼ぶような顔だ。と、思っていたのに。 日陰を照らす菩薩のようだ。と。 人の瞳は、まるで鏡。原田や藤堂の鏡は、自分をそう写してくれるのか。 嘘、偽りの無い何時もの笑顔で。 牡丹は二人に満面の笑みで持って、「ありがとう」言うと、紅い瞳に増えていく光を灯しながら、自室へ戻った。 ただ、‘あの日’居たであろう原田に、 「…ごめんなさい」 囁くように小声で言い残して。「極秘裏」に行わずに事を成し得なかった故に。 誰にも、聞こえないように。 原田は牡丹のピン。と伸びた背中を見送りながら、 「…何の事やら」 分かっているけれど。自嘲気味に笑って、呟いた。 「当然の事だ」そう思っていたから。罵られた方が、自分の咎を背負っていける。そう思っていたから。 「ありがとうな」 原田の言葉は、遠くなっていく牡丹には、聞こえないだろうけれど。 牡丹の心の痛みは、何故だか良く分かるから。 それから牡丹はただ、夜を待って文を書いた。 それは勿論、白蛇に宛てて。 ピュイ。呼べば直ぐに来てくれる友に、牡丹は「出来れば今日中に」言って、それを細い脚に括り付けて。 日が暮れていく。それは、牡丹の紅い瞳のように、影を作りながら。 「牡丹、飯や」 夕食に呼びに来てくれたのは、山崎だった。 けれど… 「私は自室で…」 言い掛けた牡丹を、山崎が制する。 「心配無い。」 その一言は、いつも白蛇が『大丈夫』言ってくれた姿に重なった。
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