第六章『立波草』

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広間へ行くと、牡丹の素顔に場が騒然とする。 こうなる。分かっていた。だからこそ、自室で一人済ませようと思っていたのだ。 集まる視線に、心に反して身体が震える。 ヒソヒソと話、怪訝な顔で自分を見る隊士らに、下を向いてしまいそうになる。 けれど… 「牡丹、こっちですよ」 そう言って手招きする沖田に、まるで自分の膳を囲むようにして座る、沖田・原田・藤堂そして、 「わいも一緒や」 背中を押してくれる山崎。 そんな面々に、脳裏を過る白蛇の言葉。 『人との縁に臆する事は無い』 ああ。そうだ。これくらいの事で、自分の思いを挫けさせてしまっては、いけない。 牡丹はただ前を見て、何も恥じる事など無い。言い聞かせながら、山崎と共に何事も無かったように振る舞い、指定された場に腰を下ろした。 「本当に綺麗だな」 それは、遅れて入ってきた永倉の声。 永倉もまた、牡丹の近くに腰を落ち着かせると、静かに箸に手をつけた。 一言だけれど、その静けさが永倉の優しさなのだ。と、牡丹はとても居心地が良かった。 一斉に始まる食事。けれどやっぱり、何時も見える近藤の姿は、無い。 と、 「ほんとに人間か?」 「気味が悪いな」 「そのうち喰われたりして。寝込みを襲われないようにしないとな」 本人達は小声のつもりなのだろうけれど…研ぎ澄まされた聴覚に、嫌でも聞こえてくる。 それは、組長格の皆も同じようで。怒りを露に箸を乱暴に、立ち上がろうとする。 牡丹はその先が見えているから、裾を力強く引っ張ると、自分が席を立った。 「あまり食欲が無いので…」 物悲しげに微笑し、言う牡丹に、山崎らは苦い顔をしながらも、颯爽と出ていく牡丹を止められなかった。 ただ、 「皆さんこの後、稽古に励んで下さいね」 言う沖田の笑顔に、陣取っていた組長格は、静かに頷いて見せた。 (本当に食欲無くなっちゃった) 牡丹は広間を出て、今にも泣きそうな顔をして、一人笑った。 (ああ、そう言えば…近藤さんだ…) 牡丹はボンヤリ。思い出しながら、近藤の部屋へと向かう。 その頃には、もう月が出ていた。季節の変わり目と共に、時間の流れも変わっていく。 そんな光景に、牡丹は自分の心を写して、自分で両頬を軽く叩き、引き締める。 と、近藤の部屋から話し声が聞こえた。 …ほの暗い部屋から見える影は、一人なのに…
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