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あの夜、「くれてやれ」芹沢は言った。
立ち止まる事は許されない。
立ち止まる気も、更々無い。
「近藤さん、私は帰ってきた。帰ってきて、今、この時の近藤さんを見て、帰ってきた事は間違いでは無かったと思った。」
皆、大小関係無く何かを背負って生きている。
「守りたいものがある」そう言って、生きていける人間。
自分の望んだ人間(ひと)の形。
「厳しい法度に、苦しむ者も少なくない。けれど、曲げられないものの為に、皆近藤さんに集っている。…私はそう思っているから、帰ってきて良かった」
牡丹の言葉に、近藤は何時振りかに笑窪を作った。
「君はまるで芹沢殿だね。」
貫き通す己の信念を此処で共にし、先導する。
犠牲の代償は、血の海では足りないかもしれない。けれど。
心に在る光に、抗えない。
渇望して止まない。
「太陽を、この手に。」
終わりがあるから、始まりがある。逆もまた然り。
ならば芹沢の死を、終わりにはしない。始まりにする。‘死’を‘志’に塗り替えて、此処から全てが始まる。
「なら私は雲一つ無い空になる。」
牡丹の言葉に、近藤は目を見開いた。
「そんな事はしなくて良いんだよ?」
「私は守られたくて、帰ってきたんじゃない」
「だが…女子に…ましてや芹沢殿の娘子に…「女だから、戦えない理由には、為らない。」
牡丹が近藤を遮る。
女が非力なのでは無い。非力なのは、そう悲嘆する人間の心。
「けれど…歳に聞いてる。その姿に不審を抱いている隊士も、少なくない…」
冷たい視線。
好奇に晒される。
蔑まれ、見下される。
分かっている。一日で、十分に思い知った。強固な精神で出来て居ないからこそ、耐えられなくなって退席した。…けれど。
「私は強くない。けれど、弱くはない。誰にも止められない心が在る。」
だから…
「だから、私は強い!」
胸を張る牡丹に、近藤は呆気に取られた。
「それに。近藤さんに集う兵者に、私は私の‘人間’を見て欲しい。近藤さんを信じて集う人達となら、心を通わせる事も不可能じゃない。」
そう、信じたい。
そう、信じてる。
「近藤さん。」
牡丹は影膳の盃を手に、酌を促す。
それに応じる近藤は、胸に芹沢の確固たる信念を牡丹と共にし、静かに酌み交わした。
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