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生命の源を、コンドームという薄い隔たりなしであたしの中に注ぐ瞬間、彼はあたしを強く抱きしめて言った。
「今度は、生きろよ。──夢(ゆめ)」
誰よその女、なんて言うのは野暮だとわかった。だから私も彼にしがみついて、「あなたもね、洋ちゃん」と笑った。
‡
「ねえゆいちゃんっ。これなんてどう?」
女の子のようにキャッキャッとはしゃぐ優介が、小さな服を一着一着あたしに見せていく。
「あのねぇ、まだ男か女かもわからないのに」
「おれ、絶対おんなのこがいい!」
「いい、って言われても」
呆れたようにあたしは笑う。優介は鼻歌を歌いながら、機嫌よくベビー服を物色していく。やっぱり、あたしよりだいぶママだ。
あの後、『洋』は消えた。そして、あたしの優介が帰ってきた。優介はあの一週間、特に何もなかったと言った。いつもと変わらない、穏やかな日々だったと。あたしは、彼の記憶が書き換えられていることを知った。
「ゆいちゃん、今度はベビー用品見に行こう」
楽しげに、優介は私の手を取った。「はいはい」と言いながら、私も笑って歩きだす。
とても幸せだ。
──だけど。
あたしは時々考えてしまう。このお腹の子のことを。
この子が生まれたら、果たしてこの子は『洋』の子ということになるのだろうか。あたしには判断が付かない。
ただあたしに言えることは、この子が生まれたら、名前は『洋』か『夢』にするんだということ。誰にも言えない秘密の中で、あたしが唯一、口に出せること。
春の日差しを浴びながら、あたしは自分のお腹を撫でた。そして笑った。どうして笑ったのか、わからなかった。
END.
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