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洪水のように、はたまた落雷のように、何かか押し寄せた。
それは優介との思い出や、彼の笑顔、匂い、手の感触、体温、声、ひねりも何もない文章、あたしの彼への気持ち。
あたしはゆっくりと、『洋』の上へ跨がった。
『洋』の目が音もなく開いた。もしかしたら、起きていたのかもしれない。あたしを見て、全てをわかっているように目を細めた。
彼の胸に手のひらを添える。涙が後から後から溢れて、『洋』の黒いシャツを濡らした。
「ごめんなさい……」
声が、掠れる。
「彼を、愛しているの」
──優介を。馬鹿で正直で騙されやすくて、男のくせにすぐ落ち込むし、プロポーズを手紙でしようとする意気地なしだし、全然頼りにならないけど、それでも。
あたしを一心に思ってくれるところや、絶対に浮気をしないところ、あたしを本気で心配し、本気で叱るところ、家族を大事にするところ、人を恨まないところを、あたしは何よりも誰よりも、
愛しているの。
『洋』は今までに見たことがないほど穏やかに微笑み、「うん」と言った。あたしの頬に柔らかく手を添え、もう一度「うん……」と言った。
優介を愛しているあたしは、『洋』のことを思ってまた泣いた。きっとあたしが生涯、誰にも明かさずに死んでいくだろう秘密だ。
あたしも死ぬ時には、秘密を守りきれた達成感で、笑うのだろうか。
──そして『洋』は私を抱いた。ビックリするほど優しく抱いた。
もっと乱暴にしてくれればいいのに。そしたら、あたしのこの涙は止まるのに。
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