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「俺、今日なんも食ってねぇんだよ。先に腹ごしらえさせて」
「なにしてたのよ。どうせ仕事も休んだくせに」
「寝てた。お前が来るまで」
なるほど。どうりで、インターホン押してから鍵が開くまで長かったわけだわ。
「飯食って帰ったら続きすっから。いいだろ?」
後ろ頭を掻きながら、男は振り返った。
「別にかまわないけど……」
言葉尻を濁して、あたしは顔を逸らした。指先が冷えている。やはり、体が拒絶しているのだ。
「よっし、じゃあ行こうぜ」
優介の上着を羽織って、男は玄関に向かう。なんだか立ち上がれなくてそれを見ていると、男がこちらを向いた。
──おいで──
優介がするのと、同じことをする。しかも、同じように優しい表情で。
「やっぱり優介なの?」
たまらず尋ねた。男は少し驚いた顔をし、どことなく切なげに目を細めた。
「帰ったら自分で確かめてみな」
嘘か本当か幻か現実かわからなくて、あたしは目眩がした。フラフラしながら立ち上がり、玄関へ向かう。男は手を差し出したが、あたしはそれを無視した。
その手を取ってしまったら、なんだか全てが終わる気がした。
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