神崎ありす、16歳です。

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  ガタの来ているドアを開ける音で私に気が付き、半紙に降ろしかけていた筆を置いて振り返る。 墨汁の匂いが、微かに鼻を撫でていった。 私はこの香りが好き。 そのへんの安いアロマオイルや香水なんかよりよっぽど落ち着くし、集中できる。 「……こんにちは」 座ったまま首だけ振り返って、小声で挨拶してくると、ぺこり。 一年生の戸賀崎暁(とがさき あきら)くん。 おとなしくて冬矢とは対照的な男の子だ。 癖の無い長めの髪に眼鏡といった、見るからにインドア派。 口数も少ないし、無表情で感情が分かりづらい。 だけどすごく綺麗な字を書くんだ。 中学生の頃は、何回か県のコンクールで賞も取ったことがあるらしい。 とは言え、彼はそういうことを鼻にかけるタイプではないから、顧問の先生がちらっと話していたのを聞いたくらいだけれど。 先生からすれば、書道の道ではそれなりに有名人だった戸賀崎くんを狙っていた、ということかもしれない。 だって部員数少なくて、壊滅寸前だったもんね。 「こんにちはー。ごめんね、遅くなって」 「いえ……」 相変わらずの仏頂面。 だけど、彼は誰に対してもそうだから、気にすることはなかった。 最初は緊張してるのかな? って思ったけれど、『これが戸賀崎くんなんだな』って解るようになってからは、気にならない。  
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