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それでも、もう少しだけ走ってみよう、と決めて、アクセルを踏む。--ところが、また同じ道に出た。
「もう、なんでよ!」
思い通りにならない苛立ちで、私はハンドルを叩いた。
クラクションが鳴り、近くを歩いていた女の子が振り返った。
女の子と目が合いそうになりながら、車のスピードを落として路肩に停止させる。
サイドブレーキを引いて、カーナビの電源を切った。
文明の利器を無条件に信じていたわけではないが、ここ一番って時ぐらいは、信頼に応えて欲しかった。
ギブアップ。
助手席に置いたバッグから携帯電話を出し、アドレス帳から柏木さんの名前を表示させた。
本来なら、急用以外の連絡はメールでという約束だったが、今こそがその急用だと信じて、通話ボタンを押した。
携帯電話を耳にあてる。
プルルル プルルル プルルル
呼出し音の、規則正しい音が耳に入ってきた。
いつもこの瞬間は、緊張で手が震える。
喉の調子はどうだろう。
可愛い声が出せるか。
可愛い声……?
柏木さんの好きな声って、どんな声だろう。
ああ、緊張する!
プルルル プルルル プルッ ピッ!
「--はい、柏木です--」
柏木さんの声だ。
「も、もしもし。わたくしは、吉田の代理でそちらにお伺いする、月夜美と申します」
緊張しすぎて、早口になってしまった。聞きとり難くはなかっただろうか。心配した。
「--月夜美さん? さっきメールを送った人ですよね。
どうかしましたか--」
透明感のある、男性にしては珍しい高い声。けれど、耳障りな感じはしない。むしろ、いつまでも聞いていたくなるような--柏木さんの声。
「実は……お恥ずかし話……道に迷ってしまいまして……」
「--なるほど、それはお困りですね。
分かりました。
月夜美さん、近くに何が見えますか--」
近くに……、と言われて、車外に目を向ける。すると、ある看板に気がついた。
「看板があります」
「--なんて書いてありますか--」
「鳥海市立図書館、関係者用入口って書いてあります」
「--あ、それなら近いですね。分かりました。今からそちらに行きます--」
「いえ、そんな、悪いです」
「--10分もあれば着くと思いますので、そこから動かないで下さいね--」
柏木さんはそう言うと、一方的に電話をきった。
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