タイムリープ番外編【月夜美サンの巻】

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「涼しいですね……」 助手席に座った柏木さんは、目を細めて、クーラーの通気孔に手をかざした。 その動作を見て、クーラーの風を強にする。私にとっては寒く感じたが、気にならなかった。 「こんな暑い中、申し訳ありませんでした」 「いいですよ。それじゃ、行きましょうか」 「はい!」 サイドブレーキを戻して、ハンドルを握った。車を発進させる。 柏木さんは、正面を指でさした。 「その十字路を左です」 「はい」 言われるまま、ハンドルを左に切る。 こんなに緊張するドライブは、自動車学校の教官を乗せて以来だ。 どうしよう。手が震える……。 運転に集中しなければ。 「月夜美さんとは、初めまして、ですよね」 「はい。何度かメールでは、やり取りさせて頂きましたが、お会いするのは初めてです」 「そうですよね!」 柏木さんは、突然カラカラと笑った。 どうして笑ったのか、気になって聞いてみた。 「どうかされましたか?」 「あ、いや……失礼」 笑い声を誤魔化すように、咳ばらいをひとつ。 「僕は、顔を覚えるのが苦手でして……。 もしかしたら、月夜美さんとはどこかで会ったかな、と思っていたんですが……ね。 実は初めてだった、と。それで笑ってしまったんです」 「そうだったんですか。私はてっきり、自分が何か変なことを言ってしまったのかと、心配してしまいました」 「変なこと……? あ、その道を右に曲がって下さい」 「はい」 右に曲がって100メートルぐらい進んだ時だった。車を停めるよう促された。 「そうですね。車はこのあたりに停めておきましょう」 「えっ、ここにですか!」 「そうです。ここに駐車しましょう」 柏木さんが指示した場所は、左右を家々に囲まれた、普通の道だった。 いくら住宅街とはいえ、路上駐車は気が引ける。 「ここはちょっと……」 渋る私。 ところが柏木さんは、ポケットから白い紙を取り出すと、ダッシュボードの上に広げて置いた。 「これで大丈夫です」 私は白い紙を覗き込んだ。そこには--。 柏木想一郎の来客者車両 の文字が並んでいた。 「なんですか、この紙は?」
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