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写真と同じで、柏木さんの顔は、私の理想そのままだった。
男性にしては長い睫毛は優しそうだし、黒目がちな瞳からは意思の強さを感じる。鼻筋は通っているが、鼻はさほど高くなくて、大きめな口が快活な印象を受けた。
でも顎に生えた髭が似合っていないような--逆に可愛いとさえ思った。
「シッ……」
私の疑問に、柏木さんは人差し指を口にあてて、声をひそめた。
「ここだけの話ですよ」
「……はい」
私の声も、自然に小さくなった。
「昔、ちょっとしたきっかけで人助けを……見えないでしょ?」
「そんなことはありません。見えます」
全力で否定したのが面白かったのか、想一郎の口角が上がった。
「そしたら、その人は警察の偉い人だったんですよ。
それで、お礼は何がいいかと言われて……」
「はい」
「僕の家、駐車場がなくて、来客の方に悪いなーって思っていたところだったので、路上駐車を見逃して、て言ったら二つ返事でOKを」
「凄い!」
「もちろん冗談で言ったんですが、まさか通るなんてね」
言いながら、柏木さんは車を降りた。
私も、後部席からバッグを取って外に出た。
「ここが僕の家です」
緑の垣根に挟まれた玄関。
私の実家と同じくらい古そうに見えた。けれど、行き届いた手入れのおかげで、古いながらも清潔感のある美しさを放っていた。
「素敵なお宅ですね」
「皆さん、そうおっしゃいます」
嬉しそうに言って--それから柏木さんは、左手で玄関を開けた。
左手。
私の目が、柏木さんの左手を追い掛ける。
薬指には、何も付いていなかった。
良かった、と思うと同時に、仕事中に自分は何をしているんだろう、と自己嫌悪になる。
こんな素敵な人だから、恋人ぐらいいるかも知れないのに。
「ただいま!」
柏木さんの声、しかし家の中から返事はなかった。
「まいったな……たぶん裏の畑に行ってるみたいだ」
裏の畑?
畑と聞いて、頭によぎったのは、お婆ちゃんかお母さんだった。
「月夜美さん、ちょっと待ってて下さいね。今、呼んで来ますから」
「いえ、お構いなく」
将来、義母か姑になるかも知れない相手だ。そんな人に、こんなくたびれたリクルートスーツで会うのは失礼に思えた私は、必死で柏木さんを止めた。
「本当にお構いなく!」
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