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指定された場所は、港から程近い雑居ビルの地下1階、FOXYという名のダーツバーだった。街灯も人通りも少なく、ひっそりとした通りには、猫の子一匹通わない。そこは酷く寂しい場所だった。
アキラは1時間前から、そこから少し離れたハンバーガーショップで怪しい人影はないか見張っていた。もう指定の時間の15分前になるが、今のところ件の店に出入りする人間は1人もいない。ただ――
(変な男ならいるが……)
その男は今から5分ほど前にやって来た。そしてFOXYの入っているビルの前で立ち止まると、地下へと続く階段を一度覗き込み、辺りの様子を窺った。そのまま入って行くのかと思いきや……、男は何を思ったのか、その場でシャドウボクシングを始めたのだ。
(アイツはまず「じいや」ではないんだろうが……もしかすると、アイツもまた、「じいや」に呼ばれた1人なのか……?)
アキラは彼の謎の行動に呆れながらも、冷静に状況を分析していた。男を観察しながら、店に入ったときに頼んだコーラを一口啜る。氷がすっかり溶けてしまっていて、味気ない。だがそんな事は気にも止めず、アキラは考えた。
(だとすれば、店に踏み込むとしても心強い。あのシャドウボクシングも、ただ格好だけ腕を振り回しているだけじゃなく、どこに打ち込めば相手を倒せるか、ちゃんと分かっている動きだ。これなら行ってみてもいいかもしれない)
男は短い髪をツンツンと立てていて、タンクトップ姿だった。露になった両腕は逞しく、胸板も鍛え上げられていて分厚い。まるで――
(「怪盗ロワイヤル」の肉体派みたいだな……)
そしたら俺は、さしずめ頭脳派か? ククッと小さく喉元で笑い、残ったコーラを飲み干すと、アキラは席を立った。腕時計を見ると、針はあと5分で日付が変わることを知らせている。アキラは店を出て、男の元へと歩き出した。
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