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翼の事務所からそう遠くなかったマンション。
二回とも夜中だったし意識は曖昧で、ここに来たという感じはない。
でも今日は違う。
私は私の意志でここに来た。
マンションに向かう途中、お互いに会話はなくて。
それでも、しっかり繋がれた手は温かった。
「散らかってて悪い。適当に座ってていいから」
案内されて少しだけ見覚えのある部屋。
本人は散らかってるって言うけど、男の独り暮らしにしては綺麗なほう。
「珈琲と紅茶どっちがいい?」
「翼が好きなほうでいいよ」
本当は紅茶のほうが好き。
事務所では紅茶を、以前ここで珈琲をご馳走になったから、翼がどっちが好きか知りたかった。
「俺は珈琲派。結華は平気?」
「うん。でも砂糖とミルクは多目にちょうだい」
やっぱりあの苦味は苦手。
「了解。ちょっと待ってな」
穏やかな雰囲気ではあるけど、内心バクバク。
気を紛らわすために部屋を眺めていると、控えめに飾られていた写真があった。
近くで見ると、事務所をオープンした時に撮影したものらしい。
杏さんと泉さんは勿論、どこか翼に似た男性が写っていた。
「それが杏の旦那。で、俺の兄貴」
写真に気をとられて、隣から聞こえた声に驚いた。
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