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「俺は見てるだけでいい」
「……何も伝えずにこのまま?」
「和希みたいに俺は真っ直ぐじゃないんでね。このままが、いい」
中野君が踏み込めないなら、私はもっと踏み込めない。
自分の好きな人が自分だけを想ってくれる。
翼の笑顔を思い出して、声が聞きたくなった。
さっきまで一緒にいたのに、もう会いたくなった。
私は幸せ者。
当たり前のように翼の存在を独り占めできて。
想ってくれて。
手を差し出してくれる。
「ずっと忘れずにいるの?」
「どうだろうな。一緒に働いている限りはそうかも」
そう言う中野君があまりにも優しく微笑むから、胸が痛かった。
「じゃあな。俺のことより自分の心配してろ」
手をヒラヒラ振ってさっさと行ってしまった。
自分のことじゃないけど。
中野君なんて、この間から喋るようになったばっかりだし、話せば口悪いし腹立たしいこと沢山言われたけど。
「……不器用な人」
「神白センパイ! 中野さんと一緒にいました!? いいなぁーしかも、なんか楽しそうだったし。中野さんって女の子と仕事以外じゃあんまり話さないんですよ。あ、でも仕事の時はめっちゃ優しいんですけどね!」
いきなり登場した後輩に、口を挟む隙もなくどうでもいい情報を聞かされてグッタリする。
「あ、でもあんな風に笑ったのは初めて見たかも」
後輩の言葉を聞き流して更衣室に向かった。
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