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「……バカだね」
「嵐さんに言われたくないよ」
本当に色々な表情をする人だと思った。
呟きは私に向かってというよりは、自分に向けての言葉のようだった。
「……離れてしまう理由、か。結局、それを選んだのは俺自身だっただけか」
「誰かを想ってもそれが必ず報われるわけじゃない。何もしないで何かが始まることはない」
嵐さんがグラスの中を勢いよく空にして、店員さんを呼んだ。
相変わらず笑顔の匠さんがわざわざ私達のテーブルに来た。
「同じの」
「かしこまりました。結華ちゃんは?」
「あ、じゃあカシスオレンジお願いします」
「了解。少々お待ちください」
綺麗に一礼して下がった。
「ユイカちゃんの始まりはなんだった?」
言われた瞬間にあの日のことが蘇る。
「きっと嵐さんとそんなに違わないよ。些細なきっかけを彼がくれた。私は彼に捕まって逃げられなくなった」
「……逃げるつもりもないでしょ?」
「今のところはね。でも、この先はわからないから。例え想っていても、離れてしまう日がくるかもしれない。人は弱いからね」
「お待たせしました」
タイミング良く匠さんがドリンクを持って来てくれた。
「聞こえたからお兄さんからひとついいかな、結華ちゃん」
「はい?」
ドリンクを置いて、私を見つめる匠さんの表情は変わらない笑顔。
「アイツならこう言うよ、絶対に」
「え?」
『逃がさないから』
匠さんの声と重なって響いたのは、よく知っているもの。
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