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「……杏さんに」 「何を言われたかは知らない。でも、あの瞬間でさえ逃げ道ならいくらでもあったってこと」 逃げ道はあの時。 『もう少しよ。頑張りなさい』 笑顔で閉じられたんだ。 「……やられた」 「杏に勝てるやつなんか兄貴以外見たことないな」 「敵いそうにないもん」 多分、これからも。 「あの男、もしかしたらずっと誰かに聞いて欲しかったのかもな」 長い間、ひとりでずっと溜め込んできたのだろうか。 「結華があの男に立ち向かう背中を見せたから、あいつもそれに応えたんだよ」 「……立ち向かう、背中?」 「子は親の背中を見て育つって言うだろう? あの中で、例えば坂井君が言えって背中を押しても心は動かなかったよ。結華が自分と向き合い、逃げなかったからあいつも逃げるわけにはいかなくなったんだろ」 「……あんなので? だって、私は嵐さんに何もしてないのに」 信じられない。 確かに、カラーの心理分析はイヤだったけど、嵐さんには関係ない。 「あんなの、なんかじゃないだろ?」 大きな手が頬を包む。 お互いの額がコツンと当たり、吐息さえも聞こえてしまいそう。
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