もう一つの命

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春を迎えると、この町は一年の中で最も輝きを見せる。 僕が住む街の名前は『桜町』。 名前が差す通り、桜が多く植えられている街だ。 おそらく日本では一番か二番くらいに桜が多い名所ではないだろうか。 多くの桜があるということで、全国からの観光客も集まってくることは珍しいことじゃない。 雑誌にも載るし、春が近付けば花見の名所としてテレビでも上げられるくらいだ。 地元のひいき目をなしにしても、花見の名所として桜町以上の場所はないだろうと僕も思う。 この街で桜を見慣れている僕も、おそらく他の場所で桜を見ると物足りなさを感じるのだろう。 とはいっても、僕がこの町に来たのは三カ月前。 色々と知ったような口を聴いたが、ほとんどが受け売りだ。 でも三カ月で分かる程、この町の桜は美しい。 桜が姿を見せてから二週間が経った。 だから僕は今日もスケッチブックを持って、いつもの場所へと向かった。 「いってきまーす!」 僕はスケッチブックと鉛筆やクレヨンを入れたバッグを持って自分の部屋を出た。 「車に気をつけてねぇ」 「はーい」 キッチンから聞こえるお母さんに返事して、僕は家を出て行った。 僕の家は桜町の中でも割と住宅街になっている所にある。 今の言い方だと何かが引っ掛かるかな? でも仕方ない。 桜町は、観光名所ではあるけど、桜を抜けばただの田舎町なのだ。 桜の木々が植えてある山、僕らは桜山って呼んでるけど、桜山と畑が多い町。 テレビで見る都会のようなゴミゴミした街ではもちろんない。
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