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 向上心のない女だった。競争意識もなければ、敵には食らい点こうという思考もなく、道は譲り、己は堪えることばかり。いいか、どだい「堪える事」は生くるにおいて重要であることは間違いない。しかし、虐げられることに堪えるのではなく、努力に伴う苦労、弊害、障害にこそ忍耐はあるべきだ。  考えが道筋からそれた。今の問題は冴子の欠点などという、生易しいものではなく今後いかにするかという肉薄に迫った現状である。  急激に頭が冷えてくる。 (どうにも話が違うんじゃないか?)  先に過ちを犯したのは冴子だ。二人はまだ結婚もしていない。婚約だって口約束程度で指輪を送りもしないし、親への挨拶も済ませていない。慰謝料なんて請求はできまい。しかし僕らは恋人だ。恋人だった。やってはならないことをしたのは冴子だ。そうだというのに何故僕が苦しまねばならない。苦しむべきは、怯えて、罪悪感を抱くべきは冴子に他ならない。  まだ胸は痛む。けれど、僕は、どうしたいかわかってきていた。  その夜はいやに寝つきがよかった。
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