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東京都豊島区は池袋駅の東口。中州をはさんで向こう側を歩く一組の男女はこのうえなく仲良さ気に歩いていた。髪の長い色白の女性はにこにこと終始嬉しげだ。坊主頭の男はそれを作った無表情のまま受け入れている。傍目から嬉しくてにやつきたいのを堪えているのが知れる。なんと幸せそうなカップル!
女性の方はふわりとしたワンピース姿で淑やかな雰囲気をかもしている。顔はまるっこく、美人ではないが愛嬌のある顔立ちだ。対して男は端正な顔立ちで、黒地に骸骨のプリントされたファンキーなシャツにチェーンアクセサリのやたらにぶらさがったダメージジーンズを穿いている。着ているものの一つ一つ安っぽく見えるくせにその実、高価そうで、いちいち鼻につく。悔しい気持ちでいっぱいだ。九月の下旬。まだ湿り気を帯びた空気の漂う時期だ。
二人は小さな路地を曲がる。キョロキョロと辺りを見回している。僕の姿を見つけられなかったのか、そのまま、まず女の方が男の襟元を握り締めて背伸びをする。顎を上げて目を薄っすらと閉じる。男はにやりといやらしく微笑み、女の唇に自分の唇を重ねた。
彼女の名前は霧島冴子。付き合い始めて一年になる僕の恋人だ。
昨日、大学から一緒に帰っている時に「明日は一緒に遊べないの。先に帰っていて」と言われたのを受けて、一人池袋に足を運んでいた。新しいパソコンが欲しかったのだ。最近では秋葉原より、最近大型家電量販店が池袋に集中したため池袋のほうが生活家電は安いことが多い。そこで偶然彼女を見かけた。
最初は好奇心に似たいたずら心のため、「ようし、彼女のあとをこっそりつけてやれ」と、尾行をしていたのである。ただ尾行するだけなら、人違いであっても(冴子である確信はあるが)恥はかかないのも見こしての判断である。
それだけであるのに、なぜこのような現場に出くわしてしまったのだ。
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