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どうしてかような事態へと陥ったのか判然としないまま、気付けば自宅にいた。なにもする気力も沸かず、ベッドに倒れこみ、そのまま泥のように眠った。布団に染み込んだ汗の湿り気と臭いが酷く不快であった。
翌朝、蒸し暑さに起こされた。時刻は午前十一時である。今日の講義は午後からのため、もうしばらくゆっくりしていられるが、眠ろうにも蒸し暑く、結果としていつもより早く家を出た。
毎朝通る通学路。大学への電車に揺られながら考えるのは昨日の事ばかりだ。いくら考えようにも混乱の中にあってはまともな答え一つたりひり出せない。
「はい、コーヒー」
いつもの待ち合わせ場所である大学最寄り駅にて、まず彼女の口にした言葉である。冴子はよく僕にものを買ってくれる。飲み物もそうであるし、時には昼食や夕食までだ。なにも彼女が金持ちと言うわけではないが、あまりものを買う性分でないせいか、僕のために使う金をよく持っていた。
彼女の世話になった分だけ僕の懐は潤う。「人として」これはいけないなとは思いつつ、ついついこの状況に甘んじている。罪悪感は――あったように思う。最初のうちは。このような状況には直ぐに慣れた。しばらくしては湧き上がる申し訳なさには、小さなプレゼントを繰り返しては誤魔化してきた。
冴子の差し出した500ミリのペットボトルのミルクコーヒーを受け取り、間をおかずその口をあけた。なぜか今日のコーヒーは、どうにも、苦味が強かった。
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