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今回のあの男のことも、その無警戒さの招いたことなのかもしれない。美人ではなくとも愛嬌のある顔だ。加えて、警戒心もなく、子犬のように擦り寄られれば男の方も悪い気はしまい。
ええい、違う。そもそも彼女も大学生だ。十分に思慮分別のある年齢だ。それを「仕方のないこと」と片すには、あまりにも乱暴だ。
間違いなく、冴子は自分の意思で、それがどういう行為かを理解した上で、あの男とキスをしたのだ。仮に理解していなかったとしてもそれは彼女の落ち度に変わりない。
今ここで問い詰めれば、彼女はどんな言い訳をするだろう。寂しかっただとか、彼に強引にだとか言い出すか。あるいは「悪いことなの?」と惚けるだろうか。
「あのさ、冴子……」
しかし、今ここで問い詰めて何になる。別れるのか。おそらくはそうなるだろう。けれど、それだけではあまりにもやるせない。なにか、そう、なにかしらのペナルティを与えねば――。
「どうしたの?」
冴子に対する気持ちが冷めていくのがわかる。それが勢いを持って憎しみに変わるのも、手に取るようにわかる。微笑む彼女の顔が間近にある。少し前までなら、ついキスをしたくなるような愛おしかったそれが、今はぐしゃぐしゃにしてやりたい。
「いつもコーヒー、ありがとう」
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