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「ううん、いいの私が好きでやっていることだから」  冴子はくすぐったそうに微笑んだ。 今後はなんでも彼女に奢らせよう。暇なときカラオケに彼女の金で行こう。どうせ罪悪感は覚えまい。僕にとって彼女が「都合のイイ女」になった瞬間だった。 「そうそう、小説の調子はどう?」  人の苛立っている時に限って、神経を逆撫でる。なんと腹立たしいことか。いつだかに僕が「小説で賞をとる」と言っていたのを覚えていて、しばしばこうして尋ねてくる。僕はといえば、調子が悪いだの、ネタがないだのと言い訳を繰り返しては答えをはぐらかしていた。それがどれほど情けのない状況かは理解している。  高校生のときはいくらでも小説が書けた。自分の面白いと思うものを乱雑に書き出してばかりいた。人の読める代物ではなかった。しかして、「賞」を意識し始めると何もかもがうまくいかなかった。まず作品を書き上げ、投稿しなければならぬ。そうしなければ何も始まらない。商業化を狙うなら、とにかく人の目に晒さねばならない。 「どうしたの」 「ああ、いや」  僕がぼんやりしていると冴子は怪訝そうにますます顔を近づけた。僕は慌てて距離をとり、「ちょっと寝不足気味でさ」と言い訳した。今日は楽しく彼女と会話なんてできそうにない。こうして言い訳をしておけば、口数が少なくなっても、「ぼーっとしていた」で通せる。
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