第八六一四話

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アヤメは鬼の目を握り潰した。 ゼリー状の液体がぬちゃりと指に絡みつく。 「ん―――――!」 少女は左目があった場所を押さえて身悶えた。 (ねぇねぇアヤメちゃん。もう最後だし、僕本気だしていい?) 夜薙が甘い甘い砂糖菓子をねだる子供のように無邪気な声をあげる。 「いいぜ、【夜薙】。全てを【薙】ぎ払ってこの【夜】を終わらせろ!」 (わぁい!) アヤメの髪がぶわりと膨らみ、八岐大蛇のように教室を埋め尽くした。 少女は涙を零すが、自らの鬼を失った彼女には何の力もない。 (うふふふ……えへ、あははははっ! ひひゃひゃひゃあっははっはぁっ!) 伸びてきたアヤメの黒髪は、 四方八方、 縦横無尽に、 出鱈目横暴、 無茶苦茶に、 刹那の速さで、 金剛の強さで、 容赦なく、 微塵なく、 相手の体を引き裂いた。 「今回は設定とシナリオがあたしに有利すぎた。鬼にとり憑かれた少女と、それを助けようとする少年の恋愛モノだったら、あんたが主役になってたかもな。まぁ次回頑張れよってことで」 涅槃寂静の単位で切断され、腐ったドッグフードのようになってしまった少女に、アヤメは別れの言葉を呟いた。 思う存分血を吸った夜薙は、ご機嫌なロックを歌っている。 (♪~ We have a right to be here. We have a right to be loved. But, nobody can get us out of this recurring world!) 誰もいなくなった空間で、ぶうん、と夜薙がひとうねりした。 振り払われた血がびしゃびしゃと窓に飛び散る。 その向こうには、濁った夜空と歪んだ紅月。 芸術作品がまたひとつ増えた。
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