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私の弟は、事故で死んだ。
スピードの出し過ぎで、カーブを曲がりきれず対向車と衝突した。
私が病院に着いた時には、もう意識がなかった。
私を出迎えたのは、自発呼吸が出来なくなったために、体中に色んな機械を付けられた無口な弟だった。
そして、一度も目を覚ますことなく、息を引き取った。
弟の葬儀も終わり、私は、勤務していた幼稚園を休んでいる。
「こんにちは」
ある日のお昼過ぎ、私が担当しているクラスの子の親が、線香をあげに来てくれた。
「あっ、こんにちは」
「この度は突然の事で…。お線香…あげさせてください」
「ありがとうございます。さ、どうぞ」
母が、中に案内しようとしたとき、一緒に来ていた子供が、
「瑞希先生、こんにちは」
と、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、理奈ちゃん」
「…さ、どうぞ」
理奈ちゃんの親が線香をあげている間、私は、縁側で理奈ちゃんの相手をしていた。
「理奈ちゃん、幼稚園楽しい?」
「うん」
私の問い掛けに、理奈ちゃんは大きく頷いた。
「そう。良かったね」
「でも、先生がいないから寂しい」
「本当に?先生嬉しいな」
その時、理奈ちゃんの母親が声をかけた。
「理奈、そろそろ帰るわよ」
「は~い。瑞希先生、またね」
「うん、バイバイ」
私は手を振りながら理奈ちゃん親子を見送った後、仏間に向かった。
すると、そこには、弟の姿があった。
「泰紀…来てたんだ…」
そう言いかけた時、私は、自分の目を疑った。
遺影には、私が写っていた。
訳が分からず見ていると、弟が、遺影に向かって話し出した。
「ねぇちゃん…理奈ちゃんには、ねぇちゃんの姿が見えてるんだな。ほんと…ねぇちゃんらしいよな。慌てて飛び出して、御守り忘れるなんてさ。…人間ってさ、死ぬのがいきなりすぎると、自分が死んだ、って気が付かない、って言うけど、もしそうだとしたら…ちゃんと成仏して、ゆっくり休んでくれよ。でもさ…」
でもさ…。
そう言って弟は言葉を切った。
そして、
「でもさ…たまには…俺にだって会いに来いよ。………待ってるからさ」
そう言って、長い時間遺影を見つめた後、寂しそうに目を伏せ、仏間を後にした。
…そうだ。
全て思い出した。
あの日、事故で死んだのは弟じゃない…。
私だ…。
あの日私は急いでた。
そして、いつもなら忘れるはずのない御守りを忘れて事故に遭った。
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