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「いってぇ…」
どんなに中身が違うと言っても、体は菫なのだ。
殴る事も蹴る事も出来ないのに、どうやって追い出せばいいのか。
「泰彦、儂であの娘を斬れ」
泰彦の視界から鬼切丸が姿を消すと、右手に何かが触れた。
そこにあったのは、銀色の刃を輝かせた一本の日本刀。
「な…!?」
刀から伝わる鬼切丸の声に、目を見開く。
「んな事できる訳ねぇだろ!アイツを殺す気かよ!」
「案ずるな。儂が斬るのは人間ではなく鬼だ。娘の体は傷つかぬ」
今は鬼切丸を信じるしか手立てがない。
泰彦は鬼切丸を握り締め立ち上がった。
「但し」
「…なんだよ」
「一度儂を使い鬼を斬ってしまえば、主の人生はこれまでの平穏な物ではなくなるであろう。娘を救う為に、蕀の道をゆく覚悟があるか」
冷たい汗が、頬を伝う。
刀を構える腕が震える。
こんな小五月蝿い奴とどんな蕀の道を行けってんだ。
面倒にも程がある。
「…菫は…本当に傷付かないんだな?」
だけど、菫は。
コイツだけは。
『邪魔するなら殺す!』
目を血走らせ襲い掛かってきた菫に、泰彦は鬼切丸を掲げ一気に振り下ろす。
『ぎゃああぁあぁぁ!?』
菫の身体を突き抜けた、夕日を反射させ輝く一筋の光。
――あぁ約束しよう――
泰彦の頭の中で、鬼切丸は穏やかにそう言った。
握った柄から流れ込むように伝わる感情に、胸が熱くなる。
それは獅子が憂い哭くような、心を締め付ける叫び。
【また何處かで會へたならば、其の時は】
こんな想いを抱えて、どれだけの時代を超えて。
泰彦が立ち尽くす部屋の中、倒れた扇風機がカタカタと音を立て、気休め程度の風を送っていた。
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