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ガイリンガーはロメルにとって、子供時代から一緒に過ごしてきた仲の良い兄貴のような存在だった。
豪放快活。怪物的な体力。
この彼だけはどんなに激務が続いても平気でいた。
だからこの彼の死は未だに受け入れがたい。
そして自分がこのガイリンガーの後任として、防衛警察庁長官の責務を担うことになった事もピンとこない。
俺はまだ45になったばかりなんだ。どんなに早く見積もっても、あと5年はこの職は巡ってこないはずだった。
ロメルはそう嘆くけれど、でも飛行機に同乗していた選りすぐりの彼の先輩SPたちは皆死んでしまった。
代々長官は、防衛警察庁の中でもトップエリートが集められた警護部から選ばれる。
長官になるのは彼しかいなかった。
ロメルはため息をつく。
新国王と面識はあっても、新国王一家には新国王一家専任の警護班がついているからそんなに深く関わる事はなかった。
でもきっとこの新国王も亡くなった国王同様に、国民中心の民主的な国を目指してくれるはずだし、ロメルもそのように期待している。
それにしても引っ越しというのは厄介だ。
どさくさに紛れて反政府者が王宮内に忍び込み、どんな犯罪を犯すかわからない。
ロメルは気を引き締め、宮殿内の要所を点検してまわる。
長官になってもSP時代の癖が抜けず、執務室でじっとしていられない。
「あの~」
作業服を来てキャップを間近に被った男に声をかけられた。
と同時に、ロメルの指はズボンに仕掛けられた小型拳銃のトリガーに掛けられる。
殺られる前に相手の足を撃ち抜き、逃げ道を塞ぐのだ。
ところが作業服の男は言った。
「ロメルの息子の名はギルベルト。9歳。お気に入りは生物。夕食食材の魚をキッチンから盗みだし、解剖しては母親に叱られている」
そして男はキャップを少し上げて顔をロメルに見せる。
「?!」
ガイリンガー長官?
「よぉ!久しぶりだな。地獄から戻ってきたぞ」
よく見知った顔。
咄嗟には信じがたかったけれど、息子の個人情報をこれだけ知っているのはガイリンガーくらいだ。
誰かの変装ではあるまい。
ガイリンガー“前”長官はロメルに言った。
「ちょっと話がある。五分だけいいか?」
最も信頼する上司の話だ。
ロメルはトリガーから指をはずすと素直に頷いた。
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